歴史

野球部は昭和7年創部。36年エ-ス酒井菱三夫(明大)、二塁.谷口学(大阪体大-西武台高監督)で甲子園に初出場、1回戦の対倉敷高戦では延長11回表に6点とられたが,裏に6点取り返し,12回の裏でサヨナラ勝ちを収めた。この事から「逆転の報徳」と呼ばれるようになる。


昭和39年は長坂正稔-水沼四郎(中央大-広島-中日)のバッテリ-、二塁
、基満男(駒沢大中退-篠崎倉庫-西鉄-大洋)で出場。2回戦で尾崎将司(西鉄-プロゴルファ-)を擁する徳島海南(優勝)に0-1と、惜敗した。


昭和40年夏エ-ス谷村智博(関西学院大-鐘淵化学-阪神-阪急-オッリクススカウト)でベスト8。準々決勝で対戦した三池工の監督は原貢氏(巨人の原辰徳の父。後に東海大相模高監督)下初の全国制覇を達成した。


昭和41年前田正広-荒武康博(西鉄)でベスト4。 
荒武(西鉄-プロゴルファ-)は史上8本目の満塁本塁打を放つ。             


昭和42年はエ-ス森本敏明で春夏連続出場。
夏の1回戦、対大宮戦で2-3とリ-ドされた9回裏、同点とした上、3塁走者がサヨナラホ-ムスチ-ル。逆転の報徳の名前を再び轟かせた。


昭和46年春には東邦に甲子園史上最大の大敗を喫する。
初回先制の一点を挙げたその裏エ-ス金沢真哉は先頭打者の田口に死球、続く岡安には頭にぶつける死球で完全に我を失い、ストライクが全く入らない状態になって打者13人に対して11死四球を与えた。リリ-フした金城も続けて3四球を与えこの回無安打で11点を与えた。


昭和49年春にエ-ス住谷正治、リリ-フ東芳久、ショ-ト渋谷渉(明大-日本生命-日生二高監督)らを擁して初めての全国制覇を達成する。
高校野球に投手分業制を取り入れた先駆けとなった。
当時はまだ木製バットで、守りを中心に機動力を使い競り勝つこのやり方は大変有効であり、報徳野球の原点的なチ-ムであった。
当大会3羽ガラスと言われた土浦日大の工藤一彦(阪神)、銚子商業の土屋正勝(中日-ロッテ)を下し、決勝戦では「さわやかイレブン」と話題になった池田高を破って初優勝した。

翌50年春にはエ-ス滝井康晴で出場、一回戦で因縁の池田高を破りベスト4まで進んだ。準決勝であたった高知高校の主将本多利治二塁手は後の春日部共栄高の監督。


昭和53年夏は手嶋浩(法政大-本田技研鈴鹿)-樽一弘のバッテリ-でベスト8、対延岡工業戦で手嶋がの-ヒットノ-ラン寸前までいった他、双生児の樽兄弟も本塁打を放つなどこの大会の話題を集めた。


昭和56年エ-ス金村を擁して春夏連続出場、選抜では槙原寛己(巨人)の大府高に敗れたが金村は本塁打を含む3安打と気を吐く。
その夏は3回戦で荒木大輔(ヤクルト-横浜)の早実を逆転勝ちでうっちゃると、準々決勝では藤本修二(南海-阪神-西武)の今治西、準決勝では工藤公康(西武-ダイエ-巨人)の名古屋電気らを下して選手権大会を初制覇した。
当時右翼手永田裕治(中京大)は現報徳学園監督。


昭和58年は雨中の桐蔭学園戦。1点ビハインドの8回裏、谷川和宏の逆転3ランとエース岡本透(元横浜ベイスターズ)の右翼ポールを直撃する選抜史上初の2者連続本塁で試合をひっくり返した。


昭和60年にはエ-ス松田慎司(西濃運輸-日ハム-ダイエ--ヤクルト)でベスト8。


昭和61年広岡正信氏(現関西学院高監督)が監督に就任。
平成元年はエ-ス甲元訓(法政大-本田技研鈴鹿)で出場。帝京のエ-ス吉岡雄二(巨人-近鉄)を攻略。逆転勝ちで優勝候補を下した。


平成6年永田裕治氏(中京大-桜宮高コ-チ)が監督に就任。
平成7年阪神大震災。選抜開催も危ぶまれたが出場。1回戦で北海の好投手岡崎に6回までノ-ヒットに抑えられながら8回に4番中野(神戸学院大)の二塁打で試合をひっくり返した。


平成9年はエ-ス、久保大佑(関東学院大)と前田智章(同志社大)の二枚看板に加え4番申原直樹(中央大)、肥田高志(立命館大)福田友輔(同志社)栗林聡一(慶応大)などで春夏連続出場。選抜では前田が日大明誠戦で18奪三振をマークした。


平成10年は大角健二主将(立命大→報徳高・教諭)を中心に、エ-ス松村充弘(関学大)、光原逸裕(プロ野球選手・オリックス・バファローズ)、南竜介(横浜)らで春夏連続出場。選抜は松坂大輔(西武-メジャー)擁する横浜に敗れた。


平成14年春は、エース大谷智久(早稲田→トヨタ)と尾崎匡哉(日ハム)、松下享平(明治→東邦ガス)、長滝雄太郎(大阪ガス)ら全国屈指の強力打線を擁し、優勝候補として望む。結果、大谷が5試合すべてを完投し、28年ぶりの2度目の頂点に立った。


平成20年夏は、1回戦で新潟県央工に井上貴晴(青山学院)のサヨナラ本塁打で逆転勝ちし波に乗ると、エース近田怜王(ソフトバンク)の力投で優勝した1981年以来、27年ぶりの準々決勝進出を果たした。

平成21年春は、エース宮谷陽介(筑波-東京ガス)を中心に、宮本真吾(青山学院)、西郷遼平(関大)らで出場。準々決勝では堂林(広島)擁する中京大中京を9回逆転勝ちで下し7年ぶりのベスト4進出。また平本龍太郎(立大-JX-ENEOS)は1試合最多塁打16という大会新記録を樹立。1試合最多安打6は大会タイ記録。

平成22年夏は、大西一成(竜谷大)、田村伊知郎(立大)の投手陣と八代和真(立命大)中島一夢(関学)谷康士朗(日大)ら走攻守に優れた選手が揃い、準決勝で興南に敗れはしたものの29年ぶりのベスト4に進出した。

昭和36年春  
1回戦 7-6倉敷工(延長12回) 
2回戦 3-0松山商
 準々決勝 1-9法政二
昭和39年春  
1回戦 1-0東邦 
2回戦  0-1徳島海南 
昭和40年夏  
1回戦 1-0広陵
2回戦 2-0熊谷商工
準々決勝  2-3三池工(延長10回)
昭和41年夏
1回戦 8-3津久見 
2回戦 9-1竜ヶ崎一 
準々決勝 1-0平安 
  1-2中京商
昭和42年春  
2回戦  6-2鎮西
準々決勝 5-2新居浜商(延長11回)
準決勝 1-2津久見(延長10回) 
 昭和42年夏  
1回戦 4-3大宮
2回戦 0-2東奥義塾 
昭和46年春   
2回戦 4-12東邦
昭和46年夏  
 1回戦 7-0秋田市立
2回戦 3-5岡山東商
昭和48年春  
1回戦  16-0銚子商 
2回戦 3-4東邦
昭和49年春   
1回戦 4-3鹿児島商 
2回戦 2-1土浦日大
準々決勝 2-1銚子商
準決勝  5-1平安
決勝  3-1池田
 昭和50年春  
1回戦 4-2池田 
2回戦  1-0札幌商(延長12回)
準々決勝  4-3静岡商
準決勝 2-3高知
昭和53年夏  
1回戦 7-0盛岡一 
2回戦 11-2郡山北工
3回戦 5-0延岡学園 
準々決勝 2-9高知商 
昭和56年春  
1回戦 3-5大府 
昭和56年夏  
1回戦 9-0盛岡工 
2回戦  4-1横浜
3回戦 5-4早実
準々決勝 3-1今治西
準決勝 3-1名古屋電気
決勝 2-0京都商 
昭和58年春  
1回戦 4-1桐蔭学園 
2回戦 0-1佐世保工
昭和60年春  
1回戦 7-6弘前工 
2回戦 10-2横浜
準々決勝  2-7帝京 
平成元年春   
1回戦 7-6帝京 
2回戦  0-3東邦
平成7年春  
1回戦 4-3北海 
2回戦  2-9関西
平成9年春  
1回戦 4-3東海大菅生(延長11回) 
2回戦  5-0日大明誠 
準々決勝 5-2平安
準決勝 1-5中京大中京
平成9年夏  
1回戦 7-5日大東北(延長10回) 
2回戦  5-11浜松工 
平成10年春  
2回戦 2-6横浜 
 平成10年夏  
1回戦 4-8富山商 
 平成14年春  
1回戦 3-2日大三 
2回戦  5-3広陵
準々決勝 7-5浦和学院 
準決勝  7-1福井商 
決勝  8-2鳴門工
平成14年夏
1回戦 3-7浦和学院 
平成16年春  
1回戦 2-3東海大山形 
平成16年夏  
1回戦 2-8横浜 
平成19年春  
1回戦 1-2室戸 
平成19年夏   
1回戦 0-5青森山田 
 平成20年夏  
1回戦 4-2新潟県央工 
2回戦  5-4智弁学園
3回戦 7-3鹿児島実
準々決勝 4-7大阪桐蔭
平成21年春  
1回戦 2-0高崎商 
2回戦 15-2今治西
準々決勝 6-5中京大中京
準決勝 1-4清峰 
平成22年夏  
1回戦 3-2砺波工 
2回戦  4-2福井商
3回戦  13-5佐賀学園
準々決勝  2-1新潟明訓
準決勝  5-6興南
 平成23年春  
1回戦 5-8城南 
平成25年春  
1回戦 3-4常葉菊川 
平成26年春  
1回戦 0-1沖縄尚学